今月紹介する本~8月~
今月紹介する本
【重障児の現象学】を読んで
キーワード:いつも待たなければならない
彼らはしゃべることができない、「気分が悪いよ」と。
―彼らは待たなければならない、誰かが、彼らの顔面が蒼白になっているのに気づいてくれたり、彼らが嘔吐したことに気づいてくれるまで。
時には、彼らは大量の下痢によってからだが痛んだり、おむつがぬれていたり、排泄物でいっぱいになっているので、ヒリヒリ痛むこともあるだろう。
―彼らは待たなければならない、誰かがその臭いに気づき、おむつを替えてくれるまで。
ひっきりなしに首を伝ってセーターの中に流れ込んでいるよだれは、むずむずして気持ちが悪い。
―彼らは待たなければならない、誰かがよだれを拭いてくれるのを。それも、くり返し何度も何度も。そして、誰かが柔らかいタオルを取ってくれることに望みをかけなければならない。だって、彼らのあごは[何度もよだれを拭かれたため]すりむけて傷ついているのだから。
ベルトが食い込み、所々の関節をしびれさせている。
―彼らは待たなければならない、誰かが彼らの涙に気づいてくれるまで。そして彼らは、淡い期待をもつしかない、なぜ彼らが泣いているのかを誰かが読み取ってくれることを。おなかがすいているからなのか、喉がカラカラになっているからなのか、痛いから泣いているのか、自分が憐れだと感じているから泣いているのか、を。
彼らは、言葉を発することも、声をあげることもできないし、手で指し示すこともできないから、彼らの側を通り過ぎていく人を引き留めることもできない。彼らは、たぶん、手を開くことさえできないのだろう。
彼らは、他の人が彼らに近寄ってくるのを、いつも待たなければならない。待つといったって、他の人が、彼らのきわめて単純な生理的欲求を満たしてくれるという、たったそれだけのことを待つだけでしかないのに。
―ましてや、彼らの願いや願いを満たすことに至っては、ほとんど話題とさえならないようだ。こんなふうに日々生きていくためには、強くなくてはならない。
著者:重障児の現象学 編著:中田基昭 より引用
今回紹介する本は、中田基昭氏の「重障児の現象学(勁草書房)」です。
この本は、教育者、学術者の視点で書かれているので、読破するのは難しいかもしれません。ただ、事例やエピソードは、重症心身障害の方々と接している地域支援者の皆さんには、共感できる部分が多く、また彼らの感じている様々な世界観(生活観)に気づかされる内容が多い本だと思います。
曲がった手足は意志とは無関係に緊張したり、血中酸素飽和度(SPO2)が常に90前後だったり、意思表出するサインが少なかったり、はっきりした意識もないかに見える心身に重い障害のある人たちは、世界をどう感じているのだろう…彼らの生きがいや喜びって何なんだろう…。
正解を見つけることは出来ないかもしれないけれど、彼らなりの何らかの答えを一緒に見つけられるように、日々研鑽していきたいと感じさせられた本です。