今月紹介する本~9月~
今月紹介する本
【福利の論理】を読んで
キーワード:「意味の束」としての人
わたしたちについて、一方では「~がとてもできる」など市場ルールの条件に基づいた限定的な意味づけが蓄積され、もう一方では福祉ルールに基づいて、とるに足らないような過去のエピソードをふまえた意味づけが、豊かになされていくことになります。
そうした多種多様な意味を集積していくことによって、人は、数えきれない意味の「束」として表されることになります。意味は、周囲からも自分自身からも生み出され続け、そこには、中心となる意味もあれば、些末な意味も数多く含まれています。
いずれにしても、人をこうした意味の束としてとらえるとき、ある人の意味の束のすべてが別の誰かの束とピッタリ重なって同一になる、などということはありえないということになります。意味の束として、一人ひとりはそれぞれ別々の経験を重ねてきていますし、また、現実に対する受けとめ方も、微妙にあるいは大きく相違するからです。
このように、一人ひとりにもたらされる意味の束がお互いに異なっているということは、そうした意味の束がその人だけのものであり、他の人と取り替えることなどできないということ、すなわち、その人の「かけがえのなさ」を表しているということになります。意味の束という表現は、「かけがえのなさ」と言い換えたものになっているのです。
福祉は、無条件に肯定することから始まります。ありのままを受けいれるということは、何らかの基準や条件に照らしてその人を意味づけることではなく、雑多ではありますが、だからこそ多種多様な生み出された意味の束として、その人を受け止めることです。
そして、意味の束がかけがえのなさを言い換えた表現であるならば、ある人をありのままに受けいれるということは、その人をかけがえのない存在として受けとめることであるということになります。
わたしたちは、かけがえがないと思うからこそ、ありのままを受けとめようとします。そして、福祉は、「ありのまま」を無条件に受けとめることから始まります。したがって、福祉とは、その人の「かけがえのなさ」を大切にすることから始まる営みである、ということになります。
一人ひとりが「わたし」を主語とする小さな物語を作っていくほかならないということです。
著書:福祉の論理-「かけがえのなさ」が生まれるところ- 著者:稲沢公一より引用
今回紹介する本は、稲沢公一氏の『福祉の論理-「かけがえのなさ」が生まれるところ-(誠信書房)』です。
A=非A「Aイコール非A」(AはAではない)
この本の終盤で提示する福祉の論理式です。こんな式はおかしい、成り立たない…と思いながらこの本を読んでみると面白いと思います。
ここでは福祉とは「無条件の肯定」(福祉ルール)に始まり、「条件付きの肯定」(市場ルール)を展開していくといった、二つの基本方針で成り立つ活動やふるまいのことと書かれています。
現実をわたしたちは肯定と否定との二極とするグラデーションによってとらえようとします。整理すると次のようになります。
「現実」→「R」
「肯定する」→「A」
「否定する」→「非A」
肯定と否定を二極とするグラデーションのようす→「A~非A」
肯定すること(A)や、否定すること(非A)は、「R」で表される目の前の現実に対するわたしたちの「受けとめ方」や「とらえ方」を表しています。つまり、Rに対して肯定するときもあれば否定するときもあります。
「現実Rを肯定する」→「R➡A」
「現実Rを否定する」→「R➡非A」
市場ルールにもとづいてみると、現実を直接変えて改善しようとする。
市場ルール:「R→R+α」
文章にすると「現実を改善してプラスアルファとする」になります。
例)コップ半分の水
「コップ半分の水」で十分であると肯定されると、何ら変わらないですが、「半分しかない、困った」と否定的にとらえると、何らかの対応が必要で、水を満たすことで、「よかった」と肯定されることになりますよね。
「コップ半分の水」(R)→「コップ満杯の水」(R+α)
このように市場ルールを用いると、現状に対して絶えず「もっと(+α)の実現を目指すことが求められ、条件がクリアされると評価され、クリア出来ない場合は、評価が下がることになります。
福祉ルール:「非A→A」
文章にすると「否定されている現実を直接変えることなく、無条件に肯定して、そのまま受けいれる」ということ。
例)コップ半分の水
「コップ半分しかない、困った」けれど、周囲に満たすための水もないとすれば、「コップ半分もあれば何とかなるだろう」「半分あるだけでもよしとしよう」「まだ半分ある、よかった」と捉えることができます。
「コップ半分しかない水」(非A)→「コップ半分もある水」(A)
このように福利ルールを用いることにより、否定的なことであっても肯定的なこととする価値の反転が可能となる。ポイントは、コップ半分という現実「R」自体は、何も変わっていないということ。変わったのは、その現実をとらえる眼差しです。
著者は「市場ルールに基づく優生思想をくい止めるには、一人ひとりが福祉ルールを意識することにより、「ありのままに価値がある」と信じて守り抜くこと以外に、ブレーキをかける手立てが存在しない」と書かれていて、僕自身も同感です。
形式論理としては決して収まることがない「A=非A」という福祉論理。
福祉を説明するにはとてもシンプルでわかりやすく、共感する内容が多かったので、現場で支援されている方々には是非読んでいただきたい本だと感じました。