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今月紹介する本~8月~

今月紹介する本

【客観性の落とし穴】を読んで

自然も社会も、そして心も数値化された客観的な事象として捉えられたときに、「私はこう感じる」「私はこうした」という経験がもつ価値が切り崩されていく。私たち一人ひとりの経験は、客観性に従属するものに格下げされてきた。数値によって人間が序列化されたときには、一人ひとりの数字にはならない部分は消えてしまう。

私が特に大事にしているのは、個人の「経験」を語りだす即興の「語り」である。それは聞き手に、生き生きとしたものとして迫ってくる。生き生きした経験は、即興の語りの生々しさへと受け継がれる。生き生きとした経験こそが、客観性と数値によって失われたものだ。

 

何もすることがない暇な時間ははてしなくゆっくり流れるように感じられる。逆に、楽しい出来事はあっという間に過ぎてしまう。このような時間の伸び縮みは、生のダイナミズムといえるだろう。経験のダイナミズムは座標には位置づけられないし計測することもできない。むしろそれは、当事者にとってそのつどの複雑なリズムとして経験される。

さらに言うと、経験のダイナミズムは単純なものではない。ゆっくり流れる時間、急ぎ足で去っていく時間、というようにざっくりと捉えられた経験も、そのなかに複雑な時間の経験を含み込んでいる。経験のダイナミズムが内包する複雑なリズムのからみあいを取り出すことで、言葉になりにくい出来事のリアルな感触を捕まえることができる。

私たちの経験のダイナミズムは、心のなかや身体、対人関係にまでまたがったさまざまなリズムの複合体である。客観性と対置されるのは主観性ではなく、共同的な経験のダイナミズムなのである。

私は、医療福祉現場で長年にわたって調査を行ってきて、実は経験の個別性がもつ真理は、他の誰にとっても真理であるのではないか、と感じている。弱い立場へと追いやられた人の経験はつねに意味を持って響いてくるからだ。ベンヤミンのいう「極端なものに由来する」「概念」が、誰にとっても意味がある共通の「理念」として、倫理的な「普遍」を指し示すのだ。

この倫理的な普遍は「人権」と呼ばれるものと重なることになる。個別的経験を尊重することは、あらゆる人を尊重することを意味する。誰も取り残されない世界を目指すということにつながるのだ。

 

著書:客観性の落とし穴(筑摩書房) 著者:村上靖彦より 引用     

 

 

今回は、村上靖彦さんの著書「客観性の落とし穴」を紹介させていただきます。

「数値目標」「成果主義」「客観性」といった過剰なまでに客観性が重要視される今の社会では、比較と競争がとても激しくなっているように感じています。そしてそれは、弱い立場の人達にとっては生きづらい社会を生み出すことになっているように思います。

客観性や数値化からは逃れられないけど、幸せは客観性や数値化とは別のフェーズであることを忘れてはいけない。個人の体験を大切に扱うことの大切さを学ぶことができる本です。

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